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JADCAコラム

No.1  ビル空調システムと環境微生物

古来より日本人は自然換気の家屋で四季を暮らしてきた。奈良の正倉院の正倉は、ログハウスと同じ高床式構造で地表面からの昆虫やカビの侵入を防ぎ、壁には横木を密に組み こむ、いわゆる校倉造りである。外気の湿度いかんにより、木材の隙間が微妙に動き、木材自体の調湿作用とともに、室内の湿度調整をするしくみである。湿度の高い夏季には木 材が膨張して湿気を防ぎ、乾燥する冬季には木材が收縮して微気流が流れ、内部にある美 術・工芸品を微生物被害から防ぐ。1250年間も宝物を守ってきた自然順応型の空気調和装 置(以下、空調)をもつ建築である。一方、風土の異なる中近東の堅牢な石造りの住宅構 造には自然対決型の思考がある。階層建築物に空気流入がある場合、「複数の通風口が垂直 にある場合、穢れを受けとる物を、上か下(の通風口)に置くと、すべては穢れる。」すな わち空気に汚染があると、煙突効果により、穢れ(汚染)が住宅全体に及び、居住者に災いをもたらすと、ミシュナ(ユダヤの法律集)は記している。西欧では気密空間を機械により換気(ベンチレーション)する方式が特徴的である。


大気や気象を支配する対流圏の地上1~2kmの大気境界層の空気の海の底に建築された ビルが接する地面は、1g に1億個もの微生物の生息場である。石川雅之氏の人気コミック 「もやしもん(イブニングに連載)」に出てくる肉眼で菌が見える主人公が見れば、多様な微生物のキャラたちに満ちた世界である。地上の影響を受けた外気は微生物を含む空気で ある。ところで、ビル空調の構造は、人体でいえば、呼吸器・肺循環系とほぼ近い。鼻腔 は、外気を体温に保つための全熱交換器である。空気は気管支から肺へと送られるが、塵埃や異物である微生物は、気管支上皮細胞の繊毛運動の働きで、常時体外へと押し出される。最終段階の肺胞で酸素と炭酸ガスが交換される。空調が清浄空気を取り込み、汚染さ れた室内空気を排出するのに当たる。人体では繊毛運動や肺胞マクロファージなどが有害 物を除去するのに対して、空調システムでは、エアフィルタによる粉塵除去で微生物侵入 を防いでいる。だが、内部に水分供給部位(気化式加湿エレメント・水スプレーノズルな ど)があると付着微生物の増殖が生じるため、定期的な除菌が必要となる。従って、空調システムの微生物対策は、中央制御方式や個別分散方式にかかわらず、換気・環気・乾気の3種のかんきが根本である。低炭素化社会に向けて、省エネ型ビルやゼロエネルギービ ル(ZEB)が主流となり、換気と乾気が抑えられたビルが増加する。特に病院空調では換 気回数と室内圧で感染微生物を制御しているが、「病院設備設計ガイドライン (HEAS-02-2013)」(日本医療福祉設備協会)では1998年の前指針にあった微生物の参考 指標値(個/m3)が削除され、衛生的環境の維持と院内感染予防にこれから注意が必要とな る。


JADCAの空調システム清浄度評価委員会では、現場に対応した微生物診断の測定法と 評価法に関して、2008年より検討を重ねてきた。その結果、ダクトや室内空調の吹出口空 気が含む浮遊カビ濃度を、空気1m3あたり30個以下にする提案値(JADCA スタンダード) を発表し、全国のビルでの実地検証をしている。ビルの空気汚染が健康影響をもたらすことは、ビル関連症候群(Building related syndrome)として知られている。なかでも、レジオネラなどの環境微生物が呼吸器疾患を引き起こすため、空調システムのクリーニングとともに、空調システム診断士による微生物診断を行い、除菌剤によるバイオ・クリーニ ングや抗菌剤のバイオ・メンテナンスなどの微生物対策が求められる。

2015年11月16日
JADCA 学術顧問  狩野文雄
(元東京都健康安全研究センター)