更新日:2023.5.1
2023年5月の段階で,2020年から世界的に猛威を奮っていた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,感染者数も減少し,感染症法上の位置づけが2類相当から,季節性のインフルエンザと同等の5類感染症に移行された。これにより,様々な行動制限が撤廃され,社会的にも新型コロナ以前の状況に戻ることとなる。しかし,内閣官房より引き続き,「三つの密の回避」として「人と人との距離の確保」,「手洗い等の手指衛生」,「換気」等の励行について呼びかけているところである。
さて,このコラムでも換気について言及があるように,感染症予防においては,空間中における感染者から発生したウイルスを含む飛沫核を除去することが重要となっている。その手法の一つとして換気がある。新型コロナウイルスにおいては,飛沫核など空気を介して感染が起こっているのかは多くの議論が行われてはいるが,空気を介した感染を完全には否定しきれないことからも,換気が感染防止の重要な対策の一つである。
さて,室内空気質維持のため,室内の汚染物質に基準値や指針値濃度がある場合には,その濃度以下になるように最低限の換気量の確保が必要となる。これを必要換気量と言うが,室内の汚染物質の基準値や指針値と,その室内発生量がわかっていれば,必要換気量を設定することが可能となる。一般的に住宅においては,シックハウス症候群対策として0.5回/hの機械換気設備を設置することが義務付けられている。これはシックハウスの主原因となる内装材などから発生するホルムアルデヒドの対策によるもので,その発生量と厚生労働省から発出されたホルムアルデヒドの指針値により設定されたものである。一方,建築物においては,「建築物における衛生的環境の確保に関する法律(建築物衛生法)」で適用される興行場,百貨店,店舗,事務所,学校等の用途に供される建築物(特定建築物)については,二酸化炭素濃度を1000 ppm以下とすることが求められているため,この基準値に適合するように換気設備が設置されている。これは,一人当たり30 m3/h程度の換気量を確保するような設備となるため,その室で使用される人数によって換気量が設定される。
新型コロナウイルス対策としての必要換気量については,目標となる濃度,すなわち感染が成立するための空間中のウイルス濃度,そして感染者から発生するウイルス量が未だ分からないため,この設定ができないのが現状である。しかし,「三つの密の回避」として換気の励行があるが,厚生労働省によれば換気の悪い密閉空間ではない建築物は,とりあえず一人当たり30 m3/hであること,二酸化炭素濃度が1000 ppmを超過しないことを目安としているところである。よって,従来通り特定建築物においては,二酸化炭素濃度の基準値を遵守することが,今後の来るかもしれない新たな感染症対策としても重要となる。
しかし,換気設備が装備されている特定建築物であっても,二酸化炭素の基準値1000 ppmを超過する建物が多いのが現状である。換気量の不足については二酸化炭素の濃度が基準値を超過しているかどうかにより確認することとなる。この基準値超過の原因として,設計・計画時よりも室内使用者数が増えたこと,設計時の設備の換気容量が少なかったことのほか,経年により換気設備による換気量が減少してしまったこともある。その解決には換気設備自体の不具合を修繕すること,経年により外気の取り入れ口やダクトの閉塞などについても,換気量の減少に起因することから,空調システムの維持管理は今後も重要となる。
東京工業大学 環境・社会理工学院
建築学系 教授
鍵 直樹
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